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2025年3月3日月曜日

15. 発達障害者、毒親持ちが身を守る方法

 物理的に身を守るなら、格闘技のジムで鍛えればよい。

健常者と同じように動けなくても相手の攻撃を受け切り、殴り返す体の強ささえ手に入れれば良い。ルールの定まっている競技だと、器用に動けない者は負けるが、実際の喧嘩なら相手を動けなくさえすれば良い。

発達障害で特に運動協調失調が顕著な場合はまず競技では勝てないので、体の強度だけ上げる事を考える。そのうえで少し心得の無い人間より動ければ上出来。


一番の問題は職場等の他人との利害や信頼関係が重視される場所。

発達障害者や毒親の後遺症を持っている人間はどう頑張っても健常者と同じ水準で仕事をこなせないので邪魔になる。

職場が求める水準に達しない者には注意や非難が向く。そして「どうせ手を抜こうとしている、誤魔化そうとしている、悪意を持って行動している」等と決めつけられる。

結果からすれば、発達障害者や毒親の後遺症の人間の行動の結果は、手を抜いたり、噓をついて誤魔化そうとしたり、悪意を持って対象に嫌がらせをしたりする事と何も変わらない。

これはどんなに努力、試行錯誤しても変わらない。発達障害者や毒親の後遺症の人間はこう扱われるしかない。


どうせ打たれるのが決まっているから、打たれる心構えをするしか選択肢が無い。


①一切自分の能力と結果に期待しない

②他人からの評価や好意に一切期待しない。 

③他人からの期待は信じない

④緩やかに絶望して行く


①、②、③は今までの境遇から既に習得している事が多いが、④は狙ってできるかどうかがわからない。

③は良く騙されそうになるが、今までの自分の境遇を冷静に考えれば、他人からの期待程無責任で有害なものはない事が分る筈だ。

自分をよく知りもしない人間は期待の言葉を無責任に向けて来るが、そんな期待通りの事になんて健常者じゃない人間がなる訳がない。


④を実行するのはかなり難しい。が、成功すれば生き地獄の中で息をして食べて糞をするぐらいの事はできるようになる。

急激に絶望するから大きな心理的負担を負う。そして体調不良等になって表在化する。

少しずつ絶望して行くことで一発の落差を小さくするのが狙い。

毎日、「これが出来なかった」とその日できなかった事だけを数えていく内に少しずつ絶望して行けるのではないだろうか。生きてきて今までできなかった事を数えると急激に絶望す るので、その日できなかった事だけを数える。

少しずつ毒を取り込み毒に馴れていくと言った所だ。


筆者は毒親に幼少から否定され、やりたいことも欲しいものも奪われた/与えられなかった為、無自覚に絶望に馴れていた(決して良いことではないし、これのせいで親への殺意がある)。


「健常者と同じようには生きられない」と、希望を捨て段階的に諦め切るしか生き抜く方法は無い。

2022年10月30日日曜日

14. 著しく「一般」から外れた人間の意志や考えは、無意味

発達障害にしろ、過干渉の被害者にしろ、職場では一般から外れた上に著しく能力が劣っている人間の考えは無意味。 考えを述べるだけで新たな食い違いが起こる。例え相手の想定と真逆を考えていても、結果が同じなら一般的な思考プロセスが適用されてしまう。 

一般に対して思考の過程が全く違う上に、着眼点も全く違うからだ。 一般、健常な人間には信じられない方法で考えているから当然、受け入れたり信じたりすることはできない。

13. 健常に育てられなかった人間の欠陥は「努力不足」

 過干渉の被害者や発達障害のように、健常者に見えて部分的に壊れている場合は、やっても出来ない事を「努力不足」で片付けられてしまう。

やってできる場合もあるが、健常者の何十倍も時間をかけてやるくらいしかない。でもこれは非効率として切り捨てられる。

そして、どうにか改善しようと何かをしようにも、終わらないタスクに追われて結局何も改善できずに終わる。 これが健常者からすると努力不足。

2022年9月25日日曜日

11. 毒親は自分の子供と同年代の子供もその文化ごと否定する

 毒母は自分の子供だけではなく、同学年の子供やそこら辺の普通の子供達も否定していた。面と向かって否定の言葉を投げつける訳ではなく、ぶつぶつ独り言の用に自分の許容範囲外の物事に文句を言っていた。

毒母は子供の世代の文化を否定して来た。バラエティ番組は馬鹿馬鹿しい、芸能関係も芸能人やタレントの癖や容姿をダメ出し、アニメも音楽が宗教的だとか話の内容が下らない等、思いつく限りの否定的な言葉を吐き散らしていた。

毒親に自分の周りの子供達を否定され続ける内に、その子供達のやっている遊びや習い事がやっては行けない事のように感じるようになっていた。


「自分の周りの子供のやっている事=自分の世代の文化」なので、やってはいけない事と思ってしまうと、同世代共通の文化も認識も持たない上に、同世代を否定的に見るようになる。


同世代の文化を否定的に見るようになると、遊びやテレビ番組等の話題にも否定的な事しか言えなくなり、更に遊びやテレビ番組にも普段から接していないので、どんどん同世代から感覚も人間関係的にも剥離していく事になる。

10. 毒親は、子供に出来を強要する

 小学生の頃、毒母は夏休みの宿題にも干渉してきた。

決まって読書感想文か作文、計算プリントや日記が宿題になっていたが、読書感想文は、毒母の考えている事を書かないと癇癪を起こし、毒母の言った通りに全て書き直させられた。

小学4年生の時、算数と社会の出来が許容下限を下回ったらしく、算数と社会の参考書を毒親達に押し付けられた。「自由自在」という参考書で、参考書を見ても全く理解できなかったため、「不自由不自在」とか嫌味を散々言ってきた。

発達障害のせいで算数が致命的に理解出来なかったり、興味の無い社会の内容が全く頭に入らなかったりしていたのだが、毒親達は自分の子供が出来ない理由や適性を全く考えずに教員の立場から取り組む物、考え方、成果を強要してきた。

毒親は参考書を押し付けて来たにも関わらず、理解できない所を教えようともせず参考書に説明が書いてあるのに何故わからないのかと怒鳴るだけだった。 背景や原因を全く解ろうとせず、出来るのは本能のレベルで当たり前の事と考えていたのだろう。

更に小学5,6年生で書初めが冬休みの宿題で出てきたが、毒母はこれも自分が望んでいる出来にならない内は何回も書き直しをさせてきた。 書道を習っている訳ではないのに、手本と同じ出来を強要してきた。

9. 毒親被害者に理解者はいない

 一般的な親の下で育った人間は、絶対に毒親や過干渉の被害者の被害内容やそれに対しての言い分は理解できない。

常に蔑まれたり、自分の考えや希望している事とやっている事を否定されたりする事は、あまりにも常軌を逸した極限状況だからだ。


理屈で考えて、被害者が過干渉や毒が原因で起こしている不具合の我慢はできたとしても、人間は自分が体験してきた事と類似したものでなければその感覚に共感できない。

8. 毒親は自分の子供の欠点をとにかく蔑む

 宿題やテスト等で間違いがあると癇癪を起こして、「違う」「こうだ」それでも理解しなければ「何でできないのか」「本当に頭が硬い」等、ひたすら否定してきた。似た問題が出来なかったら「またあの〇〇問題」と嫌味を込めて罵ってきた。

7. 毒親の過干渉が激化し始める時期

 毒親の過干渉が特に顕著になったのは小学校に入学してからだった。

学年が上がる毎に過干渉は酷くなり、自分で決断する事が全く出来なかった。 自分で考えてやったと思っても、結局は毒親の考えとかやってる事とかをそのままやっているだけだった。

6. 発達障害で毒親持ちだと手遅れ必至

 幼少期の自分の子供が他の子供が出来る事が出来ないと認識があった時点で、嘲笑したり蔑んだりせずに心療内科とか脳神経外科とかに診せに行くべきだ。

手遅れになり、子供の人生は生き地獄になるからだ。 現代では中学生の時点で手遅れだろう。

5. 毒親は発達障害の可能性が高い?

 自分の発達障害は毒父家系の因習のせいで、毒父はそれを知りながら毒母と一緒に子供を蔑み責め立てていた。

一族の先祖は北条氏の護衛兵で、近親相姦を良しとしていた。 結果、有害な遺伝子が蓄積し神経系の障害者(特に発達障害や自閉症)が産まれ易くなっていた。

4. 毒親は自分の子供の先天的な異常を蔑むが認めない

 元々発達障害の傾向があり、音に過敏だったり(昼寝中にインターホンが鳴ると泣き叫んだりした)、レゴのブロックが家等の形に組み立てられなかったりしたが、両毒親とも気付いていながら見て見ぬ振りをしていた。

レゴで線路が作れないと泣くと、「どうしてそんな物が作れないんだ?!」と恫喝されたり、パズルができないと「〇〇君は出来るのにどうして出来ないの?!」と怒鳴られたりしていた。


両毒親は発達障害と知りながら医者に診せる事もせず、発達障害のせいで起こっている、音に過敏、レゴが組み立てられない、パニックを起こす、発達性協調運動障害等の動作不良を蔑み責め立てていた。


毒親は自分の子供に致命的な欠陥があると認識していても、補足や代替する手段を身につけさせるのではなく、ただ子供を否定する事しかしない。 それ以上の事を考えられないのか、自分の子供を痛め付けるのが楽しいのかもしれない。


3. 親が毒なら祖父母も毒傾向

 2歳くらいの頃から毒母方の祖母に子供を預け、両毒親とも働きに出ていた。

祖父はまだ現役で小さな自動車修理工場の社長をしていた。 日中はほぼ祖父母に育てられていた。 祖父母共、子供の感覚や考えを尊重せず、自分達の感覚を刷り込む毒祖父母だった。

2. 教員の毒親は自分の子供を同年代から隔離する

 両毒親は友達の家に遊びに行く事もテレビゲームも、スポ少も禁止していた。

当然そんな環境で育てられれば他の子供達とも話が合わず、学年が上がるにつれて一緒に遊ぶ友達も無くなっていった。

周囲の子供達と関わらない事と同じ世代の文化に触れない事で、同世代の子供達と感覚の乖離が生じ、やはり学年が上がるにつれて話し方や振る舞い方がどんどん分からなくなっていった。

1. 熱心な教員は親になるな!

 教職に熱意を持っている教員は家庭を持ってはいけない。

その子供が教員である親の毒や、周囲からの自身への無理解の犠牲者になるからだ。

そして、死ぬまで生き地獄の人生を歩む事になる。